智慧の世界へ イエス・キリスト編3 ~真理探究の道

最初の悪魔の試練を乗り越えたイエス・キリストは、真理を求めることを弟子達に教えられました。また、真理を求める姿勢について、「無知の知」が重要であることを以下のように語られています:

だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない。
もしそんなことをしたらその皮袋は張り裂け、
ぶどう酒は流れ出るし、皮袋も無駄になる。
だから、新しいぶどう酒は、
新しい皮袋に入れるべきである。
そうすれば、両方とも長もちがするであろう。

 

だれも、新しいぶどう酒を古い皮袋に入れはしない

「古い皮袋」とは、「無知を自覚しないで、自分は知っている、分かっていると思い込んでいる古い考え」のことです。「新しいぶどう酒」とは、「新しい真理」のことです。ですから、「新しい真理」を聞くときには、「自分は知っている」という自分の考え、固定概念、自分の眼鏡、尺度を捨ててしまわなければならないという意味です。

 

そんなことをしたらその皮袋は張り裂け、
ぶどう酒は流れ出るし、皮袋も無駄になる

古いぶどう酒が染み付いて固くなり、ボロボロになって破れやすい「古い皮袋」に「新しいぶどう酒」を入れたら、その古い皮袋は張り裂けてしまうということです。すなわち、古い考えがたくさん染み付いた古い眼鏡と尺度で、何も受け入れられなくなっているボロボロの固い心の器、「自分の無知を自覚できず、プライドに捕らわれて、分かっているという思い」で凝り固まっている「傲慢な心の器」で「新しい真理」を聞いたら、その心の器は張り裂け混乱し、「新しい真理」は流れ出して、今まで学んだことまでも全部無駄になってしまうということです。

 

だから、新しいぶどう酒は、
新しい皮袋に入れるべきである。
そうすれば、両方とも長もちがするであろう

「新しい皮袋」は、何も染み付いていない真新しい状態です。それは、「何も分かってない無知な自分であるということを知っている、自覚している状態」(無知の知)であり、何の固定概念も持たない、無の心の状態だということです。何も知らないがゆえに新しい真理が素直に入って、よく理解され、長く蓄えられ、深く悟れるようになるでしょう。そのような「謙遜な心の器」を持っている人は、やがて無知を克服し、「智慧の世界へ」辿り着くことができるという真理を語られたのです。

イエス・キリスト編4 ~義人となる道

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