智慧の世界へ イエス・キリスト編1 受けられた試練

ソクラテス、孔子、釈尊の三人の哲人、聖人は、ほとんど同じ時代に誕生しましたが、イエス・キリストは、それよりも400年ほど後に誕生しました。イエ ス・キリストの場合も、釈尊とほとんど同じ年齢の30歳の時に出家しました。そして、イエス・キリストも40日の断食の最中に、釈尊と同じく悪魔から三つ の誘惑と試練を受けられた後、その試練に打ち勝って智慧の世界に到達され、真理を語り始められました。そのイエス・キリストの受けられた試練とはどのよう なものだったかを見てみましょう。

イエス・キリストの受けられた試練

イエス・キリストが受けられた最初の試練は、40日の断食で空腹になられている時に、悪魔が「石をパンに変えよ」と誘惑してくることから始まります。石は真理を意味しており、この誘惑は「断食など馬鹿げている。そんなにしてまで真理を求めて死んでしまうよりも、空腹をパンで満たして生きた方がいい」ということを意味しています。真理を求めるようなつまらない人生は諦めて、パンでお腹を満たし、体を中心とした欲心を満足させて、楽しく楽に生きよと誘惑したということです。それに対してイエス・キリストは、「人はパンだけで生きるのではなく、神の言葉(真理)で生きるのである」と悪魔を退けました。その意味は、「人間は肉体だけの存在ではなく、霊魂を持った存在である。人間の肉体はパンによって生きるけれども、霊魂はパンによって生きることはできない、真理によって人生の目的や価値を悟り、その真理を実践して完全な智慧の世界に至り、永遠に価値ある幸福な人生を生きるようになる」ということでした。そのために、イエス・キリストは生命を懸けて真理を求めたのです。

次に悪魔は、イエス・キリストを聖なる都に連れて行き、宮の頂上に立たせて、「もしあなたが神の子であるなら、下へ飛びおりよ」と試練します。宮、神殿とは、神様と一体となったイエス・キリスト自身を意味しています。ですから悪魔は、「神の子、神の実体、神の宮になるなどということなど全く意味がないし、無理なので、飛び降りてしまえ」と言って、人生の最大の目的である人格の完成・愛の完成という目的を諦めさせようと試練してきたのです。神様のような人格、神性を求めるより、そんな崇高な位置から飛び降りて、体を中心とした欲望を満たして、世俗の生き方を楽しめと迫ってきたのです。その試練に対してイエス・キリストは「主なるあなたの神を試みてはならない」と退けます。「神の子として人間が完成することを見るのが神様の最高の目的であるのに、諦めろ、止めろとはとんでもないことだ。そのように神様を試みるようなことをしてはいけない」と言われたのです。

イエス・キリスト編2 ~受けられた試練2

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