智慧の世界へ 釈迦編5 ~真理実践の道2

ある悟りの境地に到達した二人の聖人が、時代と文化を隔てながらも同じような実践の道を説いていることは、私たちにとって非常に示唆深い内容だと言えるのではないでしょうか?ちなみに哲学者ソクラテスと孔子と釈尊との違いは、肉体を超越できる実践の道を歩んだか歩まなかったかの違いであり、また、その実践の道を発見できたかできなかったかという点にありそうです。
仏教には懺悔という言葉があり、過去の過ちや足りなさを仏様の前に侘びていくことの大切さを説いています。反省だけではなく懺悔をして、自分の過ちや足りなさを仏様の前にお詫びすることによって、同じ過ちを再び繰り返さないように自らの足りなさを埋めていくという、より深く、強い決心を持つようになるのです。仏様とこのような約束や誓いをすることによって、八正道の実践にも大きく繋がってゆくということでしょう。そうすることによって、少しずつ自己中心の欲心がなくなり、無知を克服しつつ、より深い悟りの境地へと近づいてゆく。こうして自己の矛盾性を解決しつつ、やがて悟りの境地に達して真我に至り、智慧の世界に到達することができるというのです。

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