智慧の世界へ 釈迦編3 ~無知の克服の道

ソクラテスは、良心に反する一切の不正は行わないという、哲学者として最高の境地に至りましたが、「肉体がある限り肉体の欲望があり、心の目が濁ってしまうので、真の智慧に至ることはできない」と考え、肉体から分離して霊魂だけの世界、霊界に行けば、智慧の世界に至ると信じて霊界に旅立ちました。ところが、釈尊は肉体を持ったまま、肉体の欲望を超越して、無我の境地に到達し、智慧の世界に至ることができたというのです。では、“無我の境地”とはどのようなものなのでしょうか? 釈尊はその境地のことを、難行苦行をして肉体の欲心を極端に否定するわけでもなく、肉体の欲心に支配されてもいけない、中道の精神であると言っています。釈尊は自分自身の中に潜む、悪魔の欲心を見ることができたのです。そして、その欲心との戦いに完全に勝つことができました。完全に自分を中心とした肉体の欲心を否定することができたということです。

苦しみの原因は煩悩にあります。では、なぜ人間は煩悩にとらわれるのでしょうか。その原因は何かというと、自分自身に執着する心であるというのです。その執着心をすべて捨てて無我の境地に至れば、煩悩から解放され、悟りの境地に達することができるということです。すなわち、智慧の世界に至ることができるということです。しかし、執着心を離れよう、執着心を捨てようとしても、煩悩にとらわれてなかなか捨てることができないのが人間です。そう簡単に執着心を捨てられない、無我の境地になれない、したがって、悟ることができないのです。

釈迦編4 ~真理実践の道

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